大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和26年(く)22号 決定

抗告人 野村二郎

弁護人 平田奈良太郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

申立人本人及申立人代理人平田奈良太郎の各意見書及同代理人の第二意見書の趣意は別紙添付の通りである。

よつて審究するに、

申立人が昭和二六年三月一三日大阪高等裁判所に於て収賄罪により懲役一年に処せられ五年間刑執行猶予の言渡を受けこの判決は同年二月二八日確定したところ右猶予の言渡前に犯した他の贈賄罪について昭和二四年一二月二八日京都地方裁判所に於て懲役五月に処せられこの判決が昭和二六年五月一六日確定したこと並右判決の確定により高松地方検察庁検察官の請求により昭和二六年九月一三日高松地方裁判所が刑法第二六条第一項第二号を適用して大阪高等裁判所が曩に為した刑執行猶予の言渡を取消す旨の決定を為しこの決定が同年九月一五日申立人に送達されたことは本件記録に徴して明かである、しかして申立人本人並申立代理人の縷々陳述するところは要するに刑法第二六条第一項第二号は同項第一号及第三号との対照上取消の対象となつている執行猶予の言渡後にその余罪(本件の場合は贈賄罪)が発覚したことを要件とするものであり、本件の如く執行猶予の言渡前既に余罪が発覚し本来併合罪として審理せられるべき関係にある二つの事件がたまたま両者が所謂旧刑訴事件と新刑訴事件とに分れた為併合審理が不可能になつたような場合にはたとえ後に言渡された罪の刑に付実刑の言渡があつても同第二号の適用はない、従つて本件取消の決定は違法であると云うに帰着するが同条第一項第二号は執行猶予言渡後に所謂余罪の発覚した場合にのみ限るべき理論的何等の根拠もなく余罪の発覚はその言渡の前後を問わず凡て猶予の言渡前に犯した他の罪につきその猶予の言渡後禁錮以上の刑に処せられたときと解するのを相当とする、唯本来併合罪の関係にある甲乙二つの罪が所謂旧刑訴事件と新刑訴事件とに分れた為何等かの事情により併合審理が不可能となり分離して判決されたような場合甲罪について刑執行猶予の裁判があり、しかも仮りにこの二罪が同時に裁判を受けたならば必ずや全部を通じて執行猶予を与えられていたに違いないと思われる場合には併合罪として審理された場合との刑の均衡上後の乙罪についても更に刑執行猶予の言渡をすることが出来この場合には同条第一項第二号の適用はないが後の乙罪につき実刑の言渡があつた場合には同号の適用はあるものと解すべきである、故にこの点に関する申立人等の論旨は結局理由がなくその他記録を精査するも原決定にはこれを取消さなければならない瑕疵もないから本件抗告は理由のないものと認め刑事訴訟法第四二六条第一項を適用して主文の通り決定する。

(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 太田元)

申立人野村二郎及申立人代理人平田奈良太郎の各意見書

一、右者に対する収賄被告事件につき昭和二十六年二月十三日大阪高等裁判所が言渡した懲役一年五年間右刑の執行猶予するとの判決の刑執行猶予は取消すことができないものと思料する。即ち刑の執行猶予を取消すべき場合は刑法第二六条に明定するが如く一、猶予の期間内更ニ罪ヲ犯シ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタトキ、二、猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ、三、前条第二号ニ記載シタル者ヲ除ク外猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ(同条第二項省略)の場合でなければならない。然るに今本件についてはこれを見るに被告人の収賄罪は昭和二十二年二月から昭和二十三年二月下旬迄の間に十四回行い又贈賄罪は昭和二十四年二月十九日と三月中旬の二回行つたものである。而して右収賄罪は京都地方裁判所に昭和二十三年四月一日第一回公判を請求せられ同年五月六日第一回追公判請求を同年十月二十五日第二回追公判請求をされ第一回公判は昭和二十四年九月十九日開廷され同年九月二十八日第三回公判を以て決審し同年十一月七日懲役一年に処せられ金弐万四千参百八拾円を追徴せられたので控訴を申立て大阪高等裁判所に於いて昭和二十六年二月十三日懲役一年に処し五年間右刑の執行を猶予し金弐万四千参百八拾円を追徴せられ右判決は同月二十七日確定したのである。而して贈賄罪は昭和二十四年六月二十二日京都地方裁判所に公判を請求せられ其の第一回公判は昭和二十四年十月十九日開廷され同年十二月二十八日懲役五月を言渡されたので控訴したところ昭和二十六年二月十五日大阪高等裁判所で控訴棄却の言渡があつたので上告を申立て同年五月十六日上告を取下げ確定したのである。従つて収賄罪の「猶予ノ期間内」に贈賄罪を犯したものでもなく又収賄罪の「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ」即ち贈賄罪が懲役五月(確定判決に依り)に処せられたことが発覚したものでないことは明白である。然らば「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニツキ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」に該当するや否やである。此の点泉二博士は日本刑法論上卷(総論)第三十八版九〇五頁に於いて「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニツキ(確定判決に依り)禁錮以上ノ刑ニ処シタルトキ、即チ猶予ノ言渡ヲ受ケタル罪ノ余罪モ猶予期間内ニ発覚シ之ニ付テ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタトキ是レナリ法文ニハ猶予期間内タルコトノ条件ヲ明ラカニセサルモ第一号ヲ承クル規定ナリト観ルコトヲ得ルノミナラス猶予期間ヲ定メタル趣旨ニ照スモ此解釈ヲ採ラサル可カラス」と説明されて居るのである。本件の場合も猶予の言渡を受けたる収賄罪の余罪である贈賄罪が収賄罪の猶予期間内に発覚したものでなくその以前に発覚したるものである。元来収賄罪と贈賄罪とは第一審京都地方裁判所で併合審理さるべきものを旧刑事訴訟法と新刑事訴訟法に跨つた為手続上分離裁判をされたのだから右の刑法第二六条第一項第二号に該当しないものと解する。果して然らば本件野村二郎の収賄罪の執行猶予の取消は刑法第二六条の各場合に該当しないから取消すべきものでないと思料する。

二、泉二博士の前述の解釈の妥当なることは刑法第二六条第一項第一号の解釈についても「猶予ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」とあるは、「猶予ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ猶予ノ期間内ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」の意味であることに依つても明かである。即ち此の点について小野清一郎著刑の執行猶予と有罪判決の宣告猶予及び其の他一〇七頁に、我が現行法に依れば、第二六条第一号に「猶予の期間内更に罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたるとき」とあるを以て、其の期間内に於て刑に処せられざる限り、取消を為すことは出来ぬと解される。其の猶予期間内に於て罪を犯し、訴追を受け、其の罪責殆ど明白なる場合に於ても、其の手続の進行中猶予期間が経過した場合には、最早前の刑を執行することは出来ぬ。と解せられ又牧野博士も其の著刑法総論第六版において、取消が法定的な場合は次の如し。曰く、猶予の期間内に更に罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたとき。(刑の宣告が猶予期間内に為された場合でなければならぬという取扱例になつている)。と説明されていることによつて刑法第二六条第一項第一号の場合も泉二博士の説の如く猶予の言渡を受けたる罪の余罪が猶予期間内に発覚し之に付て禁錮以上の刑に処せられた場合であると解するを相当であると思料する。

三、審理の併合、分離の制度は被告人の利益権利を保護するために設けられた制度である。このことは団藤重光著新刑事訴訟法綱要第二五八頁にも、「裁判所は数個の事件が係属しているばあいに適当とみとめるときは、請求または職権により、決定で審理を併合することができる(三一三条一項)。とくに一人の被告人の併合罪に関するものであれば、原則として審理を併合しなければならないものと解する(刑四五条以下参照)。他の裁判所に係属している事件についても、関連事件であれば、一定の条件のもとに審理を併合することができることは、前に述べたとおりである(五条八条)。また、裁判所は数個の事件を併合審理しているばあいでも、適当とみとめるときは、請求または職権により、決定で審理を分離することができる(三一三条一項)。もし、被告人の権利を保護するため必要があるときは、たとえば共同被告人と利害があい反するようなばあい裁判所の規則の定めるところにより、決定で審理を分離しなければならない(同条二項)と説明されている。即ち刑事裁判に於いては併合審理を原則として居つて分離は被告人の権利を保護する場合に於いて認められていることが明かである。小野博士前掲一〇一頁には、同一の人格に対する刑事処分は之を個々に分離して考えうることを得べきものではないと主張されている。従つて本件の収賄罪と贈賄罪は刑事訴訟の精神から云えば当然併合審理をされなければならないのである。旧法と新法に手続が跨つたために分離されたのであるがこれがために被告人の権利の保護に欠くるとこがあつてはならない。刑事処分は分離されても併合審理の場合と同一でなければならないのである。分離によつて被告人に不利益な刑の処分を負わすことは正義公平の原則に反する。此の点から考えても泉二博士の説は正当で本件の執行猶予は取消すべきものでないと思料する。

四、刑法第二六条の執行猶予の取消の如き重大な問題を刑事訴訟の手続の如何によつて左右されるべきものでないと思料する。即ち前述の如く収賄罪の第一回公判開廷の三ケ月も前に贈賄罪の公判請求をされて居るのであるから右両罪は当然併合審理をされなければならないものを新刑事訴訟法が昭和二十四年一月一日から施行せられた為に同じ京都地方裁判所で審理を別々にされたのである。従つて大阪高等裁判所に於いても新件部と旧件部に分れて審理され収賄罪の判決後二日目に贈賄罪の判決があつたような次第である。若し併合審理されたならば贈賄罪の如きは軽微であつて問題とするに足らず両罪に対し執行猶予を言渡されたかも知れず又贈賄罪があるため執行猶予に出来ずとするも両罪で六月乃至八月の実刑を科せられた位であろうと思料するのである。これは税務官吏の収賄罪の他の事件で被告人の犯罪以上の収賄者が大阪地方又は高等裁判所で懲役五月乃至一年の刑を言渡され何れも執行猶予になつたものが十数名あり殊に総額二十一万円の収賄者が執行猶予になつた実例があることに依つて明かである。

右の如く併合審理をされて六月乃至八月の実刑を言渡されたとしても野村二郎は行刑成績も良いとのことであるから三分の一服役すれば仮釈放になり得るのである故長くとも三ケ月乃至四ケ月服役すれば仮釈放になるのである。然るに同人は贈賄罪の五月の刑について本年六月一日から服役して居るのであつて既に仮釈放の時期は経過しているのであるが本件執行猶予取消の問題があるため仮釈放をされずに居るのである。折角仮釈放の制度がありながらその処置を採られずに満期まで居るとすれば仮りに本件執行猶予の一年の刑と贈賄罪の五月と加えて十七ケ月としても其の三分の一に近い服役をすることになるのである。誠に不合理であるのみならず本人は収賄罪のときは昭和二十三年三月二十日から同年五月二十一日迄六十三日間拘留され又贈賄罪のときは昭和二十四年五月四日から同年六月二十五日迄五十三日間合計百十六日間約四ケ月拘留されて居るのであるがこれらの未決拘留日数は何れも通算されて居らないのである。従つて本件執行猶予は取消されないとしても実質上贈賄罪の五月の服役に未決の約四ケ月を加えると九ケ月の服役と同等の価値があるのである。この点から考察しても本件執行猶予の取消は不合理である。

五、以上申上げましたように本件は野村二郎の執行猶予は取消すべきものでないと思料致します。

申立人代理人平田奈良太郎の第二意見書

昭和二十六年九月十七日付の意見書に於いて大阪高等裁判所が昭和二十六年二月十三日申立人に対してなした刑の執行猶予の言渡は刑法第二六条第一項第二号に該当しないことを泉二博士の学説等を引用して申述べたのでありますが同博士の学説と同主旨の、一、大場茂馬著刑法総論下卷一三九九頁にも、

第二、言渡前の犯罪 執行猶予ノ言渡後ニ其前ニ犯シタル余罪ヲ発覚シ行為者カ之ニ依リ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタル場合ニハ猶予ノ言渡ハ之ヲ取消スベキモノトス。執行猶予ノ言渡ノ如キハ行為者ニ対スル例外的ノ恩典ニシテ行為者ハ現ニ審判セラレタルガ如キ犯罪ノ外他ニ悪事ナキコトガ前提トシテ言渡サレタルモノナリ。然ルニ行為者ハ尚ホ他ニ余罪ヲ犯シタルニ止ラズ不正直ニモ之ヲ包蔵シ居タル場合ニハ之ヲ取消スヲ相当ト為シタルモノナルベシ。然レドモ立法論ヨリコレハ確定判決ヲ取消ノ前提ト為スハ不都合ナリ。又故意ニ基カザル余罪アリタル場合ニモ必ズ猶予ノ言渡ヲ取消ス可シト為スハ酷ニ失スベキモノト為サザルヲ得ズ。と述べられ刑法第二六条第一項第二号の場合は執行猶予の言渡後にその余罪が発覚したことを要件として居られるのであります。従つて本件の如く執行猶予の言渡前に既に余罪が発覚して居る場合は刑法第二六条第一項第二号に該当しないことが明白であります。

二、若し刑法第二六条第一項第二号の場合即ち「猶予ノ言渡ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」とは実刑を科せられたる場合を言うのであつて執行猶予の言渡があつた場合は該当しない。換言せば執行猶予の言渡が二つあつた場合には此の二つの執行猶予は何れも取消出来ないという説がありますがその根拠薄弱であります。何となれば併合罪が各別に審理せられた場合何れも執行猶予が相当であると認め夫れ夫れ執行猶予の言渡をされてもこれが併合審理された場合には執行猶予の言渡をせられないことがあることを想起しなければならないのであります。のみならず刑法第二六条第一項の各号に「禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」とあつて同項第一号の場合と第三号の場合の「禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」とあるは何れも実刑に処せられたときと執行猶予の言渡をせられたときの双方が包含して居るにも拘らず第二号の場合に限つて実刑に処せられたときのみを謂うのであると解するのは論理一貫しない。又文理解釈上斯様な解釈は不合理であります。

三、刑法第二六条第二号の場合と刑法第二五条第一号の場合と対照するも仮令時を異にして数罪を犯しても併合罪として同時に刑の言渡を受くるときは第二五条第一号の規定により其の刑の執行を猶予することを得るにも拘らず若しその併合罪について時を異にして禁錮以上の刑の言渡を受けたるときは常に刑の執行猶予の言渡を取消すべき原因となり彼此権衡を失するものと云わなければなりません。従つて刑法第二六条第二号の場合は同条第一号を受けて猶予期間内に余罪の発覚した場合で禁錮以上の刑に処せられたときを云うものと解すべきであると信じます。

四、以上申述べました如く申立人の場合は収賄罪の猶予の言渡前にその余罪の贈賄罪が発覚して居るのでありますから刑法第二六条第二号に該当しないものと思料致します。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例